ボーイズ・ドント・クライ

1999年 米
監督:キンバリー・ピアーズ

出演:ヒラリー・スワンク
    クロエ・セヴィニー

この映画を見終えて、しばらく疑問の嵐だった。
何故、こういう結末になってしまったのか?
この作品は1993年に実際に起こったアメリカ、ネブラスカ州の
「ティーナ・ブランドン事件」
をベースにしてつくられた作品である。

この作品でブランドン・ティーナ(ティーナ・ブランドン)を演じたヒラリー・スワンクは、
公開年の1999年、アカデミー賞、主演女優賞を受賞した。

未来は、希望に満ちて、愛する人さえそばにいれば、
どんな困難にも乗り越えられる。

「この先、不安だけど、君を想えば生きていける。
君を待っている
永遠の愛を込めて、ブランドン」

逆境を乗り越えて前向きに生きようとするブランドンの言葉が
何度も何度も耳に響いている。

強がって見えてもココロは常に不安が潜んでいた。
ある程度の「悪さ」ができる仲間、
出会うべくして出会った最愛の人。

従兄のロニーのいる生暖かいリンカーンを出て、
ブランドンはフォールズシティーに至る。

そしてブランドンの希望、輝かしい未来は、そこであっけなく泡の如く消えてしまった。

ブランドンは性同一障害を抱え、それを乗り越えるために男性として生きる事を決意。
序章にブランドンがロニーに散発をしてもらっているシーンが目に焼きついている。
「もっと短く!」
くわえタバコに、「いかにも」と思えんばかりのデンガローハット。
まさしく彼の未来は始まったばかり。
希望に満ちていた。

従兄のロニーが猛反対する中、リンカーンに戻らず、フォールズシティーに留まったのは、
彼がそこで何かを見つけたから。

それが最愛の人、ラナ。
そして仲間のジョン、トム、キャンディス、ケイト
彼らは毎日のように繰り出し、ラナの家では母親も友達のように仲良く、みんなでおもしろ楽しく時を過ごした。

だが次第に明らかになっていくジョンの情緒不安定の影。
仲間であって、そこにはそれぞれ言い表しようのない壁のような、靄のような、
その冷たい隔たりを感じていたブランドンは、
懸命に脳裏から振り払おうとしている、と私にはそうに映った。

劇中、最も印象に残っているのは、バーのカラオケで、
ラナ、キャンディス、ケイトが、
「The Bluest Eyes In Texas」を歌うシーン。
ジョンにせかされ、ステージに向かう三人。
ここで面白い描写があった。
カラオケマイクのとスピーカーの不適当な位置によって生じるハウリングを、
無表情に調節するラナとケイト。イントロを逃し、途中から歌い始めるラナ。
この素朴な彼女の動きが妙に心を動かした。

客席で微笑みながらラナを見つめるブランドン。
その表情の中には深い包容力さえ感じる事が出来た。
歌いながら一瞬も目を離すことなくブランドンを涼しく、
そして少しずつ生まれ始めた好意のまなざしで見つめるラナ。

そして二人は愛し合うようになった。

後にラナがブランドンの抱えている障害を知る事になるが
二人の愛は冷めることもなく燃え上がる一方だった。

だが以前のスピード違反が記事になり、仲間たちにブランドンが女性である事が発覚。
それからというものジョンをはじめとする仲間、ラナの母親までもが目の色を変え、
彼を激しく非難。化け物扱いをするようになる。

そしてブランドンは性同一障害を抱えた女性としての最も屈辱的な目に遭う。

心に深く傷を負ったブランドン。
でも彼はラナとの輝かしい未来のために、希望を捨てなかった。

二人でリンカーンに行こうと約束した日、
ラナは迷っていた。
ブランドンは彼女の微妙な心を案じ、自分が先にリンカーンへ向かう事を知らせた。

その矢先、半狂乱になったジョンとトムが、ブランドンが身を隠すキャンディスの家へ襲撃。
ラナも駆けつけ、必死の攻防。
そしてブランドンに対する真実の愛に気付き、
彼に極限の状況の中、一緒にリンカーンへ行くと涙ながらに叫ぶ。
その一言によってジョンは一瞬にしてブランドン、そしてキャンディスまでも銃殺。
そしてすでに息絶えた彼を再びをナイフで刺す、といった酷い執念。

この場面の描写はあっけないほど、はやいタッチで描かれている。
しかし、この効果が悲しい結末を大いに印象付ける。

そう、何故、何故、このような悲しい結果となってしまったのだろう。
消える事のない疑問。

日本という国は実態がどうだか詳しいことは知り得ないが、
私が思うには比較的、性同一障害を抱える人たちには理解がある国だと思う。

だから自由の国、アメリカであっても保守的な町にこういった差別的な観念で、
人間が変わってしまうといった実態が理解できないのである。
そこには人間の愚かさが浮き彫りになり、残るのは空虚な、残酷な結末のみ。

エンドロールではラナ、キャンディス、ケイトがカラオケで歌った
「The Bluest Eyes In Texas」をカーディガンズのヴォーカル、ニナが歌っている。
悲劇を一段と感じさせる中、平穏のようなあたたかいものを感じるのは何故だろうか。
この悲惨な事件が悪い夢であって、ラナがブランドンを追ってリンカーンに着き、
そこで二人は愛情を確かめるように、熱い抱擁を交わし、
それから、やわらかい日差しが差し込む部屋で、あたたかい朝食を二人きりで摂り、
ハイウェイに車を走らせ、二人の希望の出発点となるメンフィスへ向かう、
そんな錯覚まで起こしてしまう。
だがそれこそが夢。

ブランドンがラナに送る愛情のまなざしのみが悲しく目に焼きつく。
それは優しくて深い愛情。

(一部セリフ引用あり)